インタビュー2021.04.08
素材を余すことなく活かし、ジビエの新たな可能性を創る|「ざんざ亭」長谷部晃さん インタビュー
南アルプス「仙丈ヶ岳」の麓、長野県伊那市長谷地区の杉島集落に看板を掲げる「ざんざ亭」。この山奥にある古民家を拠点に、ジビエ料理の新たな可能性を探究し続けているのが、店主でジビエ料理人の長谷部晃さん(47)です。
この5月には鹿嶺高原にて、ざんざ亭の週末出店が決定。信州の大地で育った鹿と地元産野菜をふんだんに使用した「鹿カレー」と「鹿ブリトー」が販売されます。「鹿ジビエ」の第一人者として新たな活路を見出す長谷部さんに、その原点と料理への想い、今後の展望をお聞きしました。
(インタビュー:鹿嶺高原キャンプ場スタッフ 橋爪)
鹿嶺高原での出店情報はコラム下部にて掲載しています
地元にこだわったジビエ料理を通じて、この土地を知ってもらいたい
━━本日はよろしくお願いします。5月の鹿嶺高原での出店、とても楽しみにしています!
長谷部晃さん(以下、長谷部) ありがとうございます! 鹿肉を使用した野菜ペーストのオリジナルカレーと、鹿のソーセージをトルティーヤ風に巻いたブリトーの販売を予定しています。
お子さんでも食べやすい味になっているので、ご家族やご友人と鹿ジビエを気軽に味わっていただければと思います。

━━さっそく鹿カレーをご馳走になりました。鹿肉がたくさん入っていて、とても満足感があります!
長谷部 鹿肉を贅沢に入れてみました。肉には鹿の前脚と肩を使用。一度火入れし、ルーと肉が馴染むまでしっかり寝かせることで、クセのない柔らかくてジューシーな食感に仕上げています。
━━ルーも野菜の旨味がしっかり出ていてとても食べやすいですね。
長谷部 ルーのベースには玉ねぎや人参、にんにくを使用しています。2〜3時間ほど丁寧に炒めた後、ミキサーで細かくペースト状に。その後スパイスと調合し、ワインや酒粕、2種類の味噌、鹿の燻製ペーストなどを入れ、味が調和するまで寝かせて完成となります。
鹿と野菜が旨味の中心の、鹿で完結させることにこだわったカレーですね。

━━続いて、鹿ブリトーを試食しました。肉厚なソーセージがたまらないです!
長谷部 ソーセージも100%手作りです。鹿肉だけでなく地元の駒ヶ根山麓豚をほぼ均等に配分することで、ジビエに馴染みのない方でも食べやすい味になっています。
━━生地とソーセージの相性もいいですね。生地はやさしくて素朴な味がします。
長谷部 生地の原料は地元の農家が生産している小麦粉とシコクビエという雑穀です。これを薄く伸ばしてトルティーヤ風に。そこにソーセージ、ピクルスソースやマッシュポテトを添えてみました。
━━その土地の素材にこだわられているのですか?
長谷部 カレーもブリトーも、90%以上は地元の食材を使っています。田舎で出す料理なので、純粋に「その土地のものを使った方がいい」という想いです。遠くから来た方にもこの土地を知ってもらうキッカケにもなりますし、すべてを地元で統一できたら料理として面白いかなと。
なので、その季節に採れないものはあえて料理に使おうとはしません。例えば冬の時期に夏野菜の生のトマトは基本的には使わないです。季節の食べ物と人の体は連動していると思っていて、体を冷やす効果のあるトマトを、わざわざ冬に食べる必要はないと思うんですよね。
━━なるほど。あえて食材に制限をかけていると?
長谷部 今でこそスーパーへ行けばなんでも手に入りますが、本来の人の暮らしはそうではなかったはずです。制限があるのは至って自然なことだと思いますし、制限をつけても「食」は楽しいし美味しいと思っています。

山小屋から林業、そしてジビエの世界へ
━━長谷部さんは長野市のご出身だとお伺いしました。ここ伊那市に移住されたのはキッカケが?
長谷部 「山が好きなこと」が今ここにいる理由ですかね。大学生の頃から20代後半まで北アルプスの大きな山小屋で働いていました。山小屋の仕事は楽しかったんですが、当時は山もゴミが多く、人が来ることで山が弱っていくことを肌で感じ、登山そのものの行為が山にとって良くないんだな、と感じたんです。
そこで、「もっと山のためになることをしたい」と思いから、林業の世界へ。働き先を探す中で興味を惹かれたのが『上伊那森林組合』で、ここで働くために伊那市にきました。

そして、ここ「長谷」に自身の名前「長谷部」が重なって親近感を感じたんです(笑)。そこで長谷に配属希望を出して、林業をスタートしました。今から20年ほど前の話ですね。
━━いろんなことが重なって伊那市に来られたんですね。この頃からジビエに関心があったんですか?
長谷部 ジビエに出会ったのは、こっちに来てからです。元々狩猟に関心があって、林業を始めてから鉄砲と罠の免許を取り、猟師の仲間に入れてもらいました。
そこで初めて鹿や猪を食べたんですが、本当に衝撃でしたね。獣臭かったり、硬かったりしたんですが、それでも、家畜にはない”クリーンさ”があって。「こういうのをちゃんと料理してみたいな」と思ったことを今でも覚えています。
━━そこからジビエの世界へ?
いえ、それから7年ほど林業に従事していました、そして、一通りの仕事を経験をする中で「自分はこのまま一生かけて林業をやりたいのか」と思ったんです。好きな仕事ではありましたが、一生林業で生きていくと言い切れるほどの熱意はなくて……。
そこで「自分は何がやりたいか」を考えた末に残ったのが『料理』でした。料理は子どもの頃から好きで、山小屋時代からも続けていました。「これなら一生できる」と思い、料理人としての道を進むことを決意したんです。
━━ジビエ料理人としての歩みをスタートされたのですね。
長谷部 そうですね。ただ、ジビエ料理は全てが手探りでした。今でこそジビエの料理本なども出ていますが、当時はあまり浸透していなくて。なので、誰か教えてくれる人を探すよりも自分でやった方がいいなと思って、一からスタートしました。
━━ざんざ亭をスタートされた経緯は?
長谷部 一度は伊那市の街中に出店したのですが、地元のお客さんがメインなので、なかなかジビエに関心を持ってもらえなくて。そんな時にこのざんざ亭が空き店舗になっていることを知り、ここを引き継ぐことを決めました。
山奥の宿でおもしろいことをやれば注目されやすいというのもありましたし、その土地のものを使ったオリジナルのものを作りたかったんです。ジビエを求めているお客さんも、きっとそれを望んで来るだろうと。

「素材を余すことなく活かす」という信念
━━ざんざ亭をスタートされた当初、ジビエ料理の反応はどうでしたか?
長谷部 最初はジビエ料理に今ほど自信がなくて、一・二品ほどしか出していなかったんです。あとは川魚などを焼いていました。
そこから日々試行錯誤していくことで、少しずつできることが増えていきました。ただ、どうしても使えずに捨ててしまう部位があって、それに後ろめたさを感じていたんです。そこで「頭から尻尾まで、鹿一頭を余すことなく丸々使ってみよう」と思い立ち、鹿一頭をまるごと使う料理イベントを企画しました。
━━えぇ!本当に余すことなく?
長谷部 はい。脳みそも目玉も睾丸も、使えるのかわからなかったので全部試してみました。そうしたら案外料理になることがわかって、「あっ、これいいなー」と思ったんです。
そこからジビエに対する考えが根本的に変わって、あらゆる部位を使った料理を創作するようになっていきました。
━━この辺りに、長谷部さんが料理人として大切にしている部分もあるように感じます。
長谷部 そうですね。師匠のいない僕は、鹿を一頭丸々調理することでいろんなことを教えてもらいました。
「素材を使い切ること」「素材を活かすこと」、これが僕のジビエ料理の信念です。どうやって素材を活かすか考えたときに、まずは素材感を出すことを念頭に置いています。
━━「この素材を美味しく食べるにはどうすればいいか」ということですか?
そうです。スジであればスジの特性・良さを考えて、それに合った料理を考えていきます。これが料理の発想の出発点で、素材の本質を見極め、それに合う料理を考えています。


今だからこそできることを。新しいジビエ料理をこれからも創っていきたい
━━長谷部さんは今もジビエの新しい可能性を探り続けているように見えます。
長谷部 そう言ってもらえると嬉しいですね。多分僕はそれがやりたいから料理人をやっていると思うんです。今、ざんざ亭の宿泊はコロナの関係もあって休業しているんですが、実はここ2年くらいは宿の料理に限界を感じていました。
ただ、お客さんはそれを求めてくるし、自分の中でも葛藤する期間でした。宿の料理がどう喜ばれるかがわかってしまうと、逆に自分が追求したい料理を作りにくくなってしまっていたんです。山にもっと向き合い、自ら山菜、野草、キノコを探して採り、山の素材をより知りたいという想いもありましたね。
なので今は山にたくさん行くことができて、とことん創作料理に励めているので楽しいですね。
━━色々な料理にチャレンジされているそうですね。
長谷部 昨年は鹿肉を使った「シカナンソバ」を地元の蕎麦屋とコラボしたり、デザートづくりもスタートしました。今は週一でキッチンを借りて「鹿ラーメン」「鹿うどん」を販売しています。今回の鹿嶺高原キャンプ場での出店も新しい試みです。
やっぱり根底には常に「成長したい」という気持ちがあって、それをやれるのが今なんだと思っています。お客さんの反応を見ながらブラッシュアップさせて、さらに良いものを作っていきたいですね。

━━今後どんなジビエ料理が誕生していくのか楽しみです!
長谷部 直近の目標は「鹿カレー」をレトルトカレーとして販売することです。試作も終わり、間も無くクラウドファンディングを募ろうと考えています。あとは、ざんざ亭よりももう少し街の方での出店も考えています。ジビエを使ったラーメンやうどん・カレーなどが気軽に味わえるお店を。
そして、コロナが落ち着いたら東京にも販路を広げ、いずれは都内にもお店を持ちたいな、と。今はそのための準備期間。いろんなことを吸収し、新しい料理を創っていきたいです。
━━ありがとうございました。
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※2021年4月現在、ざんざ亭での宿泊および食事は休業しています。
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